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大乗仏教=極真空手 マス大山は空海だった!!

さて大乗の魔法ですが 庶民にも布教が広がった最初の頃は分からんが

後になると やはり弘法様の魔法ですよね

南無大師返照弘法と唱えれば お大師様が助けてくれる

南無阿弥陀仏と唱えれば死後速攻阿弥陀様のもとに行けるという 

末法思想のころ、戦国期も庶民の命って紙切れのようなもので(言い過ぎ)

今と比べたら命の値段は安かったでしょ?

なので今世の希望よりも死んだら阿弥陀様にって ある種の現生利益ともで

これですね 極真空手もそうなのです みんなで空手着に着替えて えいや えいやと稽古を

すれば マス大山にまで続いているぞ 強くなれるんだぞ という幻想を抱かせたじゃないですか?

武道関係者の方もよく言いますが 極真空手って大乗仏教的だって そんな感じな訳

逆にムエタイなんかは思い切り小乗の世界ですよね

子供のころからムエタイのジムで鍛え(出家)そのなかの何千分の一の人間だけが

お金と名誉を掴めるという

極真がプロ化せずにアマチュアにこだわったのも 大乗的幻想のためともいわれてまして

大山館長と唱えると みんなが強くなれる 山籠もりすれば牛も倒せるてきな

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やはりこの日本では大乗的なみんなでね という船のほうがあってるのでしょう

しかもそこに南無大師返照弘法という 魔法をかけちゃうのが

さてお大師様 死ぬときに ちみたち(君たち)あたしはね~ 死んでもこの世界にとどまって ちみたちを救っていくのだよ!!

と マス大山風に言ってるじゃん

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漢といえば真樹 日佐夫 真樹先生の死後

漢という漢を見かけなくなりましたね~

で高野山の奥の院ではいまでも ご飯上げたりしてるわけじゃん

呪術的に言うとですね 亡くなって1000年以上そうやって続けて祈って

庶民まで信じてると 場というものが出来上がっていて その意識場にアクセスすると

病気治ったり奇跡起きてもおかしくないという世界観な訳

しかもそれを 型として続いてるわけじゃん

そりゃあ強力な意識場ですよ 型というのがこれが大事でして そこに意識がのらなくても

その型をすることで意識スイッチが入ったり 意識場にアクセスしたりいろいろと

またそれは記事で 

いまだ四国を回ってるとか見かけた情報があったりするじゃん

生きてるんですかね~ そこまでは知らん!!

明日はASKA(NOT WWE)=冴羽涼説を検証です

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コメント

  1. さき より:

    南無阿弥陀仏 唱えてみました

  2. ボトルパーム より:

    南無大師遍照金剛、ですね(^_^;)

    今日のお話を読んで思い出したことです。
    娘の進学した大学、経営母体は真言宗のお寺です。
    普段の学生生活の中では仏教色は一切出されることのない学校なのですが、入学式ではホールのステージ上に校旗でなく弘法大師の大きな絵が掲げてあり、式の中では校歌ではなく般若心経と弘法大師の宝号をお坊さん達と皆で唱えました。
    もちろん皆が皆お経に詳しいわけではなく印刷された字を追いながら唱える人のほうが多かったですが、それでも500人以上の人たちが声を合わせてお経を唱えるうちに空気が変わっていくように感じました。
    ちょっと不思議な体験だったなぁと思います。

  3. チャム41 より:

    南無大師〜、光明真言、お題目、念仏なり字が読めない時代のかた(先祖も)唱えてたと思うとなんか良いですよね。魔法かかっても良いじゃんみたいな 笑

  4. りんご より:

    マス大山さんの碑が三峰神社にあります。
    あの方は若いころ三峰神社に籠ったらしくて
    いまだに御弟子さんたちが御参りするそうですよ
    「空手バカ一代」懐かしいです