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神田明神は将門公の怨念ではなく怨念を使った呪詛です

平将門公の怨霊についてです

少し前の読者さんのメール(会社の席も背中を向けない等)
あれ読んでババーンと浮かんだのが

将門公の怨霊ではなく

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将門公を使って呪術を施している⁇

いつって 江戸初期 というか江戸に幕府を開いたときに

そりゃあ家康、天海コンビでしょ だって思い切り天密の呪術の薫りしますから

何で今まできづかなかったんだろ アホですな

さてその前に よく霊能者さん達が歴史リーディングするでしょ?
駄目とは言わんが 私的には 前提の認識で おもいきり抜け落ちてるものがあると感じるのです

それは何かといいますと 呪詛というもの なのです 歴史作家さんなんかもそれが抜けてる方多いじゃないですか?

近代以前の日本ってね 呪詛と言うのが 結構なポイントなの 井沢元彦的にいえば怨霊信仰
これが分からないと見えてこないの

ですが資料絶対主義なので 呪詛っ基本資料に残さないでしょ?
残ってるのは 世間で噂になるくらいの 誰が考えてもこれはおかしい と言うことくらいで

だってさあ 日記なんかに 呪詛をして呪い殺しました なんて書いたら 証拠になるじゃん
そんなの残さないでしょ?

でですね 日本って軍事的防衛ラインと呪術的防衛ラインがあったわけ
基本その二つで守るといいますか

特に都市設計するときは 江戸や京都を風水都市と言うでしょ?
何のため?というと

ま、四神の宵土地を~と言う側面もありますが

基本呪術的な防衛ラインでしょ?特に京都なんかは魔と呼ばれるものやらからの

どっちかと言えば風水都市というよりは 呪術的防衛都市と言った方が正しいきがします

と長い前置きで さてなぜに家康と天海は将門公を使って呪術をほどこしたか?

またそれは成田山にたいして意図はあったのか?
を追って記事にしてきます

実は何度もアップしようとすると接続切れちゃうんすよね~

この記事

あげるな!!なんすかね⁇