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光秀=天海説を追う

めちゃめちゃ問い合わせ多かったけどその後書いてなかった天海=明智光秀説について

書くの大変そうだからパスしてました

ははは

これですが、自分で凄く自信ありなのです。

もうバババーンっと来たし。

まず遡るのは織田信長からなのです。
この方存命中からもうメッチャ恐れられてました

今でいうパワハラの如く。多分信長にすると星野監督が

中村武に殴るけるをしてたように怒りやすかったのかも

しかも怒るとちょっと反抗的な目をしてなおさら腹立つ!!

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信長さんって味方、家臣にも。どのくらいって多分日本史上最も畏怖されてた!!

本能寺で殺されましたが、遺体は発見されてないでしょ?

(ポイント)

秀吉が清洲会議で年端も行かない孫の三法師を(名前違った?)世継ぎに推すじゃん。

織田家の筆頭家老の柴田さんは三男を押したでしょ?
長男は死んじゃったので。
(ここメッチャポイント)

普通は戦国時代に年端も行かん世継ぎはないでしょ?って感じじゃん。

が結局世継ぎは三法子で秀吉に軍配でしょ?

歴史書なんかは秀吉の下工作で
とかさすが調略にたけてる~!!って感じでしょ?

そこね、実は違うのです

まず、信長の遺体がないし、当時の人々は(むろん秀吉も)

あの信長様が死ぬわけがない!!
と思ってたはずなのです

秀吉だっての時点ではもし信長様がどっかから

表れたらどういいわけしようと思ってたはずでしょ

そのために直系である三法師様をという感じの言い訳ができるようにしてたと思うのです
(信長は長男(明智に殺されたが)に家督は譲ってるので)その息子なら筋とおるでしょ?

でその他家臣も結局その保険に乗ったという感じで。

じゃ、なぜ柴田派は三男?ですが。

勝家さんは自分が天下人という野心がなくただただ織田家のためと

忠義心なので現実的には子供じゃ無理!!

という感覚でしょう。なのでもし信長様が戻ってきても罰せられないやり方なの、という感じで。


秀吉は織田家を倒してという野心があるのであくまでも後めたさなのでいいわけが必要

じゃ、秀吉に従ったり立てた人たちは?ですが。

これは完全に風見鳥であったりよい条件を
提示で金に転んだとおもいます。

いつの時代も政治は金次第!!

ですがそこが人たらしの秀吉。

皆さんもし信長様が戻ってきたら秀吉に従ってたら

どんな恐ろしいことに!!と思ってたのです。

そこで秀吉は大丈夫!!

直系の孫を担いでるから充分言い訳できます!!
という感じでたらしこんだのだと思います。

というとこがまず序章です。

この辺りわかんないと多分本当のとこわかんないと思うので

ちなみに物語では信長が死んだとき、黒田官兵衛が秀吉に

天下のチャンスっすよ~とつぶやいたとありますが

実際は、秀吉自身がチャンス到来!!と思ってたのを官兵衛が

見逃さずに、秀吉さま~、天下のチャンスじゃないっすか~

とにやつきながら言った感じだと思います

多分秀吉は、官兵衛に心の内を見透かされた気がして、こいつは

ちょっと信用できないな~と思ったのでしょう

ちなみに官兵衛さんってそんな感じの野心家と描かれますが

領民や家臣にお優しい名君だったと思います

ただ天下人の器ではないことを本人が誰よりも分かっていたと思います

あくまで天下人の家来としてが一番良いポジションだと

コメント

  1. 猫のチャイ より:

    や、ですからその先をですね。(笑)
    ええとこで「この先は課金ネ!」とぶった切るペイチャンネルの予告編を彷彿と。(いや観てませんよ、ええ)

  2. jimi より:

    いや~、その先は全く浮かばないという落ちで
    ははは

  3. 猫のチャイ より:

    いや~ん、タイトルに偽りありー。(泣)

  4. jimi より:

    ま、そのうちに 実は黒田家って興味がわかないんですね~
    黒田家よりもお公家様のように権謀術数にたけた冷酷でずるがしこい細川家の方がおもろいな~と

    主家の足利将軍家を見捨てて嫁のパパさん~デスも裏切り~
    なおかつ奥さんのガラシャさんまで見殺しに~ですもんね

    そりゃあ首相となってもうまく行かんわな~ ははは

    恨まれてるし義理人情がないもん
    関ヶ原では有職故実の伝授というお公家さんか!!というやり方で助かってるし

    あるいみ凄い一族

  5. 猫のチャイ より:

    や、そのへんもすっ飛ばして天海さんのお話を、是非!光秀さんだったら面白いけどな~的な期待大です。(わくわく)

    細川さんは、あのイミフな辞め方がもう、先祖の血を引いてるなー!と。

  6. jimi より:

    ま、一つは光秀天海説を流布することで
    信長を超えた~的な印象操作でしょうな~

    もひとつが豊臣家の天下というのは実は織田家から掠め取った仮の天下であって
    その豊臣家から天下を奪うことの正当性~です

    詳しくはそのうちブログで

    細川家は政治ではなくやはり有職故実じゃないけど芸術の道が向いてますよお

  7. 猫のチャイ より:

    なんか、それだけ豊臣家を目の敵にしてたんだなぁと、秀吉さんに対するコンプレックスを、逆にすごく、感じます。
    秀吉さんが亡き信長公を追い続けたように、家康さんは、実は秀吉さんの人たらしぶりがすごく羨ましいというか、自分にはない魅力に、死後も脅威を感じてたのかなぁと。
    「武士の義」だけではない、こだわりを感じます。

  8. jimi より:

    コンプレックスよりも民意を気にした方だと思います
    民意=百姓だけではなく武将たちの

    家康さんってできる方なので、関ケ原で勝つ前から、天下取ったらどんな統治にしようってグランドデザイン持ってた気がするんですよね~

    光秀、秀吉見てて、下の者は必ず裏切る、恐怖という精神的プレッシャーだけでは永遠の統治はないということで

    システムによる統治と経済制裁による統治を考えたかも~