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スピ散歩IN伊勢神宮

読者様に送っていただいた伊藤みみかさんの

スピ散歩伊勢を読んでます

といってもまだ10Pくらい。

ま、いつの話だよって ははは

ですが、あ、ここまで書いたんだなあ?と思ったので

ならいっかと思って書きます

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伊勢神宮に人柱てきな生贄してるって書いてあったので。

そのあたりを。

実は伊勢神宮って人畜を飼っていたという話があるのです

実際文献にも残ってるらしく

いわゆる障害のある子どもを人身御供でささげるために~と言うような

そんな感じなことが文献にも残ってると伺ったことがあるのです

当然お伊勢様は否定していますが

ま、それは内緒の内緒

さて聖邪のせいのお話(漢字だと正邪なのでしょう)

聖ってね絶対じゃなくて相対なものなのです。

邪があって聖が存在するわけなのです

私の好きなプロレスでいえば新日本や全日本、はたまたUWFという正当と呼ばれるプロレスがあるから

電流爆破やデスマッチ路線の大仁田君という邪道が輝いたわけなのです
こっからは術のお話にもなります」

ただひたすら聖なる場所を作ろうとしてもそれは続いては行かないものなのですな
(聖として認識が薄れる)。

なぜかといいますと。

たとえば聖=速さと考える。

160キロの球、速いでしょ?
でもそれを全て投げたら打たれるでしょ?

目が慣れるもん。でも160キロは本とは速いでしょ?

現在のプロ野球だって数人しか投げれないのですから
物理的な速さとは別の速さのベクトルがあるのです

でこの世はその別の速さの方が効果はあるわけ。

元オリックスの星野さん、130キロ程度の球速なのにバンバン三振撮ったり我らが山本昌だって(ラジコン親父)

大して早くないのに200勝ですから

じゃ、どうするかというと遅い球や変化球を効果的にまぜる

そうすると体感が160キロにも感じる。
それは武や踊りもそうなのです。

ただ速くではなく遅い動きと速い動きがあって効果的になのです

なので聖なる場を作るときは基本周りや中のどこかに邪をつくっとく。
それも凄く強い邪を。その差が聖を際立たせるわけ。

日本でも天皇(聖の象徴)と鬼の子孫と称する八瀬の童子がつながってたり(天皇の棺を担ぐ)、
川筋や、道のものと呼ばれる漂白の民がつながってる。

彼らって人間の世界で言えばかんぜんな穢れの象徴のようなものでしょ?(スイマセン、差別的
ですが、本人達はそれを誇りとしてるので)
それって普通はありえないじゃないですか?

この辺り詳しくは民俗学の本読んでね。

じゃあ、日本の神社や聖地は全部人間を貢物にしてたの?と思うでしょ?
基本そうだがそうじゃないとこも

これは私の感覚ですが

日本って縄文人と弥生人が混在してた時期あるでしょ?
サクッというと縄文=狩猟で血をいとわない、弥生=農耕で血のけがれを嫌う。

縄文的な聖地は血のけがれを持って聖として弥生的な聖地は血の代わりのもの(たとえば
魚やコメ、直接の血といういめーじはないでしょ)

もしくはそこに舞いというものも入るのかも。昔の白拍子とかって今の遊女的な側面もあって
俗であるし巫女なんかもじゃん

神聖な場所に俗の極みのものが踊りを奉納するという。

ただ聖なるものをおくと最初はなんて聖なんだと思うがなれてくるとそれは普通のもの。

邪なるものの横に聖なるものをおくと聖が際立って邪がある限り聖は恒久的に認識されるってわけなのです

ちなみにその緩急をどえらいうまく使ったのが我らがつるっぱげ武藤ちゃん

世の中緩急とメリハリがやっぱ大事ね!!

この頃のムトちゃんは沙悟浄OR落ち武者状態で見てて一番つらい時期でした!!

ちなみにムトちゃんいわく、無駄な動きをテレもなくサクッとやることが華につながるという名言を残してます

流石!!

コメント

  1. 七海 より:

    光が強い程影が濃い、ですね
    縄文の狩猟族が、血をもって聖となす
    諏訪の鹿も、昔は実物だったそうなのが、納得です
    ジミさんの視点は、モノの見方をいろんな角度から考えられるきっかけになります(^^)

  2. 猫のチャイ より:

    勾玉巴のように、陰陽お互いが存在するために相手が必要なんでしょうか。
    橿原神宮や神武天皇陵のそばには、地元民なら知っている非差別部落と言われていた(過去形にしておきます)地域があるし、大阪の高級住宅地である帝塚山の少し北は飛田新地だし、兵庫の芦屋市内にも「そういうところ」がありますし。
    誰かや何かをサゲて自らのポジションに安心するのだとしたら、愚かなことですねぇ。
    お伊勢さんの場合、それを神様が願ったわけは無いでしょうけれど。

  3. 読者 より:

    今年5日に伊勢神宮へ30年ぶりに行ってきました
    こんな感じだった? 記憶がいっさいなく
    逆に真っ新な気持ちで参拝しました。

    ま~伊勢神宮にも そんなこんな臭い物に蓋したくなるお話しあるんですね。
    なんだかな~
    ほんとに神様が生け贄を欲したのではなく
    当時の権力者がおのれの威厳を保つ為の見せしめのような意味があったのでしょうか?

  4. チャム41 より:

    私、結婚式を伊勢で挙げまして。
    猿田彦さんで式、その後は内宮参拝(御垣内参拝も)のプランであげまして。
    2011年の12月に。奥州民で震災後だったからか神楽も大々神楽に混ぜて頂きその時の祝詞でも遠路遥々〜って奏上して頂き本当感謝でした 笑
    袴羽織と振袖と家族は正装でしたので他の参拝の方がモーゼの十戒のように道開けて頂いて 笑
    当時は神前なら伊勢だべと緩く考えてました 笑
    今思うとうちの先祖さん伊勢に行きたかったのかなと 笑
    また伊勢行きたいな〜。

    • 猫のチャイ より:

      それはそれは、道をあけた側の参拝者さんにも良い1日となりましたね。神社へ参拝にいって結婚式に遭遇するのは、すごくラッキーなことですから♪

      • チャム41 より:

        縁起物だと思って頂けたならさいわいです 笑
        御垣内参拝の時は動物園の檻の中にいる動物の気分でしたw
        参拝の方が写メ撮ろうとして御垣内にいる神職さんが写真撮るなって荒ぶってまして益荒男を感じましたw

  5. 猫のチャイ より:

    御垣内(みかきうちの一発変換では出ないのね)はもともと撮影禁止ですよね??そら~撮ったらダメですよねぇ。お伊勢さんに来て、そんな罰当たりなことしたらもったいないです。
    でもきっと、撮影したくなるくらい美しい花嫁さんだったんだろうなあ。

  6. jimi より:

    血というのはもしかしたら生の象徴で生、命そのものをささげることが最も
    尊いという考えはあったかも
    日本って表の歴史は教科書だけど

    裏の歴史って結局言霊と穢れなんかで動いてるんすよね~

  7. jimi より:

    陰陽お互い~ ですね 陛下の即位勧請でも一番邪道というかそんなイメージのダキニ天法を~じゃないっすか

    一番聖なるものが最も下世話(スマン、ダキニ様)なダキニ様に膝まずいて
    勧請受けるということがどえらい大事と言いますよね~

    そういうことなのでしょう

  8. jimi より:

    伊勢以外にも生贄はふつうにですからね~
    ちなみに饅頭は中国では龍神に生贄ささげてましたがかわいそうということで
    人間の頭の形のもの(饅頭)を作ったと言われてます

    おのれの威厳というよりも神というどえらい存在に最も大切なもの 命をささげることが
    最上のおもてなし~という感じじゃないっすかね~

    いい悪いではなくそういう文化だったというだけで今の感覚で語ってはあかんものですな~ 当時の文化や思想背景でかたらねばですな